ふと、甘い香りが真澄の鼻を掠めた。

 匂いのする方に目を遣ると、冷えた空気と澄んだ空に良く映えるオレンジの小さな花が公園の隅の木に咲いていた。
 真澄にとって一番の秋の象徴、金木犀。

――ああ、もうそんな季節か。

真澄は今日まで気づかなかったのかと、少し残念に思った。
 小さい頃からこの秋の訪れと供に咲く小さな花を楽しみにしていたのに、年を取るごとに気づくのが遅くなっていく。
 小さい頃は今よりずっと時間があったし、家の前に金木犀があったから。
 そう自分に言い訳してみたが、真澄が時間の流れを忘れていたのは明白だった。思わず溜め息が出る。

「そんなに年取ったかな」

 溜め息と供にそんな言葉が出た。

 つい最近二十歳になったばかりの人間が言う言葉ではないだろうな、と思いつつも真澄は「年取った、年取った」としか言えなかった。
 小学生の頃は団地に住んでいて、行儀良く平行に並んでいた棟の間にたくさんの金木犀があった。
 ちょうどこの時期に金木犀が一斉に開花し、むせ返る程の匂いに包まれていたのだが、中学にあがると同時に近くの一軒家に引っ越してしまい、金木犀から離れてしまった。
それから十年近く。その頃から金木犀の匂いは変わらないだろうが、自分は何が変わったのだろう。十年分年を取り、年をとった分進学し、責任という言葉が大きくなり始め、大人になった自分。金木犀を楽しみにする自分と何処で別れたのだろう。


 この金木犀も後数日、雨でも降ればあっという間に散ってしまうだろう。

 それまでに少しはこの香りを楽しめるだろうか。そう思いながら、真澄は公園を離れた。






金木犀



忘れてしまう何時かの残り香




▲top